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2009年11月21日

異界皇子 最終章  飛翔2

 綾の精神は人間界を脱出し、どこか別の、茶褐色の雲が低くたれこめた“妖界”に達していた。
 二本の脚で立つ獅子ふたりが、豪奢な装束の〈女王〉と相対している。短いが激しい言い争いののち、まず行動を起こしたのは女王のほうだった。宝石のついた杖から抜いた剣で、若いほうの獅子に斬りつける。若いほう   つまり閻浮は、それを半瞬の差でかわした。
 ぼんやりとした光源にゆらいだそこはやけに古びた雰囲気で、近くに半透明の大きな天蓋のかかったベッドが見えた。皇太后・颶艶の斬撃はめくらめっぽうと言っていいほどで、剣は両者にかすりもしなかった。
 決定的瞬間は来た。
 女王が黒地に金の縫い取りのある装束のまま、両の膝をがっくりと折り、前のめりに倒れる。
 年配獅子のほうが彼女の様子をうかがおうと歩みよる。が、彼の脚は半ばで止まった。
 女王の身体は激しく痙攣を開始した。かっと両目を見開いたまま、黒のドレスが波打ち、仰向けになった胸部から真紅の噴水が大量にふきあがる。次には緑がかった、ひものようなものが幾筋も体内から出てきた。
 〈綾はきおくのどこかをたぐった。「そうよ、映画で観たような…」と思いつつも、なぜかそれから目をそらすことはできなかった〉
 ひも状のものはたちまち巨大化した。ふたりの獅子は見る間に身長で遅れをとった。彼らの眼前で実体化したのは暗緑色をした双頭の大蛇だった。それは発言した。
 「我は豸(ち)なり。以前、この世を永く統治してきた爬虫族の長…」
 若獅子はやや怯んだものの、年長のほうは気丈だった。
 「なにゆえ颶艶に憑いた。過去の亡霊である貴様が」
 「ふふ…、知れたこと。この畜生界の覇権を握りかえすためよ」
 一語一語が硫酸のようだった。呪詛と怨念がこもっている。セリフは交互の口から発せられて、一方がしゃべっている時は、もう一方が沈黙していた。そして計四つの眼は真紅であり、復讐の炎で燃えさかっていた。
 翻訳とは思えなかった。三者間を飛びかっている会話は、綾が以前耳にしたことのない言語でおかなわれているばかりか、地球上のものではないとさえ思えた。しかし、彼女にはことばの意味が手に取るようだった。
 「親子ともども滅せい!」
 地の底からひびく声で脅しつける。長大な暗緑色の尾がうなりをあげた。
 両名の獅子は、今度は無事とはいかなかった。年長は石壁に、年少は高級酒のならぶ飾り棚へそれぞれたたきつけられた。尾の一撃は二人の動体視力をも凌駕した。
 吐駁と閻浮は剣を抜くことすらかなわぬ。若獅子は頭上からぶちまけられたデカンタの中身の臭いで、たいそうアルコール臭くなってしまった。身だしなみを気づかっている間もなく、豸はまず彼に向かい突進してきた。
 ほとんど無意識に閻浮は割れのこったデカンタの栓を抜き、中身を正面の双頭の大蛇の貌にぬりたくった。同時に身体を起こしてタックルをかわしておいてから、汰迅炎剣の屹先を飾り棚に二つの頭をつっこんだ豸に合わせた。
 たちどころに酒を浴びた部分から碧い爆発。その余波で吐駁は一歩とびのいた。
 ウオーッ、ウグググガーッ、ゲオオオオオオオ
 大蛇は身をくねらせ、紅へと変化した炎の中で身もだえした。
 紅炎は衰えるどころか、勢いが天井知らずとなる。それと同調するように閻浮の活きている側の眼も何かに憑かれたかのようになっていた。
 「息子よ、剣をおさめろ!」
 前王が叱咤し、やっと若獅子は事態を認知できた。
 踊りくるう熱と光線の核心で、双頭の大蛇は文字どおりのたうった。その一方で火焔の舌がベッドの天蓋をなめ、今や皇太后の居室全体をつつもうとしていた。
 炭化しかける長大な翳が床に伸びて動かなくなるのと、親子獅子がそこを脱出したのはほぼ同刻だった。
 子は、父の貸した肩とともに螺旋階段を下りていく。同時に頭上からはがれた石壁や材木が落下してくる。
 最下層にたどり着けたのは、奇蹟の力、それとも幸運だったのだろうか。
ラベル:颶艶の最期
posted by はむじの書斎 at 14:54| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

異界皇子 最終章  飛翔1

 綾は苦心して書きあげ、内容を暗誦するほど幾度も練習をかさねた原稿を事もなくスーツの内ポケットに戻した。聴衆に向き直った眥には、うっすらと光るものがあった。
 「会場の皆さん、失礼しました。もうだいじょうぶです……」
 あの時に受けた仕打ち、その影響でどうなったのかを綾は話しはじめた。

 2時間にわたったフォーラムの分科会が終わった。ともに会場入りした学校の先生、クラスメイトたちとも笑顔で別れ、「あとはいいから」と、綾は秋空の下に出た。ひとりで午後の街をぶらつく。まだ頭の芯がくらくらして、自分が自分でないようだ。しかし、「いじめ体験の発表」は、その後信じられぬほどにうまくいった。
 9月初旬、土曜午後の中心街は人通りも車の流れもにぎやかだったが、くつろいだ空気をまとっていた。抜けるような青空であるが、綾にはちょっぴり違和感があった。
 彼女の頭を占拠していたもの  発表がうまくいき、最後には会場と一体になって拍手を受けたこと? いやいや、6年ぶりに聞いた閻浮のなつかしい声のことだ。
 綾は大通り公園に立っていた。昼食も摂らずに仲間と別れてしまったので空腹の虫が疼いている。そこでおやつを買うことにした。ワゴンからただよってきたかぐわしい香りに誘われ、焼きトウモロコシを一本。前食べたのはいつだったろう……十数年ぶりだと思う。
 どこでぱくつこうかちょっと迷った。元気のいいおばさんから受け取ったそれを手にゆっくり歩いていたら、ベンチから若いカップル一組が、すっと立ちあがった。
 彼女は空いたそこへ腰をおろした。
 すぐとなりは老夫婦だった。親しげに話をしているわけではないのに落ち着いた雰囲気。四、五〇年も一緒にいると、ことばなしで人は通じ合えるものなのか。
 近くには噴水があり、季節柄、すでに「涼を提供している」とは言えないが、それでも家族連れ、アベック、スケボーに乗った高校生風など、さまざまな取り合わせが群れていた。そんな光景をよそに、綾はとうきびをかじった。
 ところで、彼女は〈でぶ〉でなくなっていた。高校受験前後まで過食のためふくれた身体が、入学後逆にほそくなっていった。
 極端な拒食に陥ったのは高2の夏だ。心療内科に通った。「あと半月拒食がつづいていたら、もうまともに歩けなくなっていたでしょう」   かかりつけの先生の話である。それが元で、彼女は休み明け一か月以上も学校を休んだ。しかし、現在の綾は、20歳の女の子としては中肉中背だ。
 彼女の半放心状態の視線が周囲に戻ってきた。
 噴水の周りにいた動物は人間だけではない。ペットのトイプードル、パグ犬はさておいて、数で人間に引けをとらなかったのはハト、スズメ、カラスで、とりわけハトが多かった。すぐ近くではそれらが、人類の「おやつ」目当てに十数羽右往左往している。
 綾はところどころ黒くなっている黄色い塔から2、3粒つまんでそちらに投げようとした。
 ひょい、とハトが一羽、右腕に上がってきた。
 (ずうずうしいヤツ)とばかり、彼女は赤い目をした取りを追っぱらおうとする。しかし、(おっと、そりゃないぜ、わざわざこうして来てやったのに)
 高圧電線にふれてしまったかのようにびくっとなる綾。さっき、発表の途中で体験したのより一段と強烈だった。
 「あ、あな、あなた?!」
 (しっ、心で話せ。怪しまれるぞ)
 となりの老夫婦が怪訝そうな表情を作るのを見てとったのだろうか。ハトはすぐさま「念波」を返してきた。
 (オレがこの世界を離れ、あっちで何があったかこれから伝えてやる。アヤには夢を見ているような感覚だろうがな)
posted by はむじの書斎 at 22:06| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

異界皇子 最終章  復旧

 鋭角的な羽音の重なり。紺碧の空を背に幾数十の“平和の使者たち”が舞う…。
 北の都、大通り公園。やや冷涼だった夏がさらに凛とし、街は秋の衣をまとおうとしている。観光名所であるそこに、旬のトウモロコシを頬張る老若男女たち。彼らは噴水の音を囲むように土曜の午後をすごしていた。

 死者2159、重軽症者2万7千余、火災主体の家屋、建物の全半壊4万700棟…。
 6年前の惨事の顛末を表した数字だ。
 国内はもとより海外からの目を強力に吸引した一大パニックは、今となっては昔話のように思われた。
 それでも事件終息後2年間は復興の鎚音が街中いたるところにひびいていたものだ。“主戦場”となった道庁周辺、大通り公園などは市民道民、ひいては国民の懐を源とする資金によって修復が急がれた。
 綾は専門学校2年生になっていた。
 夏休みが明けて間もないが、その“休み”も、お年寄りの世話に忙殺された。彼女は将来、ホームヘルパーかケースワーカーの道へ進もうとしていた。だから高校卒業後、福祉の専門学校を選んだ。
 「人が人としてあるために……人権フォーラム北海道」
 横長の大きな掲示板のある会議室に、彼女の姿はあった。
 フォーラムは民間福祉団体が主催していて、今年で11回目。回を追うごとに参加者も増え、今回は国内外から2600人近くを集めた。
 綾は学校の講師から「ゲストスピーカーとして君の体験をありのままに話し、いじめ問題の解決にすこしでも役に立ってみないか」と、打診された。その申し出を固辞したかった彼女だったが、結局先生の真剣な眼差しに折れた。
 〈いじめを考える〉分科会に、綾は3人がけのゲストスピーカー席で、100名を越す参加者たちと正対して座っていた。
 すでにゲストひとりがいじめ体験をせつせつと語り終えようとしている。彼は帰国子女で、価値観の違いで周囲から蔑にされたのだそうだ。会場の拍手で綾はわれに返った。
 「〇〇さん、どうもありがとうございました。アメリカという文化風土の異なる場所で多感な時期をすごしてこられ、帰ってきた母国に受けたのはお帰りのあいさつではなく、冷たい仕打ちだったとは……この国がイヤになるのもわかる気がします」
 ピンク色のスーツを着た中年女性司会者が同情的なコメントをつむぐ。
 うなずいたり、目頭を押さえたりなど、聴衆らは各様の反応だ。“ロンゲ”の彼が綾のとなりに帰ってきた。対照的に彼女の胸中は波打っていた。
 (わたしにあの体験をうまく伝えられるのかしら)
 「それでは次の体験談は中江綾さんです。中江さんは中学校時代、ひどいいじめに遭われたそうです。5〜6年前、ちょうどパニック事件のころで、現在中江さんは…」
 会場に女性司会者の声が朗々とひびく。綾は彼女の紹介を裁判の被告になった気分で耳をかたむけていた。
 やや肩をすぼめ、濃紺の上下スーツ、襟首にスカーフの綾は演壇につく。用意してきた原稿をひろげる。しかし、彼女のしゃべったのは無言のメッセージだった。百以上の視線を前に硬直し、慄え、みじめな棄て猫同然になってしまった。30秒…1分…。
 それを見かねた司会者が演壇に脚を運ぼうとする。最前列では彼女にフォーラム参加を勧めた当の講師。彼さえも居ても立ってもいられなくなるほどだった。
 (何だよ、意気地がないなあ。やっぱオレがいねぇとダメなのかあ、アヤはよ)
 唐突に、彼女の脳裡にひびく声。
 綾はうつむいていた顔をあげ、会場の端から端まで“発信源”をさがした。ほぼ全員がぽかんとし、彼女に起きた急激な変化に気が行っている模様だ。それは綾だけに受け取れるメッセージであった。閻浮からのものである。
 「閻浮、どこ? 姿を見せて」と、うっかり声に出しかける綾が次にしたことは司会者を掌で制し、気をとりなおすことだった。そこに彼らしき存在はなかったが。
posted by はむじの書斎 at 17:37| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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