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2009年11月18日

異界皇子 最終章  飛翔1

 綾は苦心して書きあげ、内容を暗誦するほど幾度も練習をかさねた原稿を事もなくスーツの内ポケットに戻した。聴衆に向き直った眥には、うっすらと光るものがあった。
 「会場の皆さん、失礼しました。もうだいじょうぶです……」
 あの時に受けた仕打ち、その影響でどうなったのかを綾は話しはじめた。

 2時間にわたったフォーラムの分科会が終わった。ともに会場入りした学校の先生、クラスメイトたちとも笑顔で別れ、「あとはいいから」と、綾は秋空の下に出た。ひとりで午後の街をぶらつく。まだ頭の芯がくらくらして、自分が自分でないようだ。しかし、「いじめ体験の発表」は、その後信じられぬほどにうまくいった。
 9月初旬、土曜午後の中心街は人通りも車の流れもにぎやかだったが、くつろいだ空気をまとっていた。抜けるような青空であるが、綾にはちょっぴり違和感があった。
 彼女の頭を占拠していたもの  発表がうまくいき、最後には会場と一体になって拍手を受けたこと? いやいや、6年ぶりに聞いた閻浮のなつかしい声のことだ。
 綾は大通り公園に立っていた。昼食も摂らずに仲間と別れてしまったので空腹の虫が疼いている。そこでおやつを買うことにした。ワゴンからただよってきたかぐわしい香りに誘われ、焼きトウモロコシを一本。前食べたのはいつだったろう……十数年ぶりだと思う。
 どこでぱくつこうかちょっと迷った。元気のいいおばさんから受け取ったそれを手にゆっくり歩いていたら、ベンチから若いカップル一組が、すっと立ちあがった。
 彼女は空いたそこへ腰をおろした。
 すぐとなりは老夫婦だった。親しげに話をしているわけではないのに落ち着いた雰囲気。四、五〇年も一緒にいると、ことばなしで人は通じ合えるものなのか。
 近くには噴水があり、季節柄、すでに「涼を提供している」とは言えないが、それでも家族連れ、アベック、スケボーに乗った高校生風など、さまざまな取り合わせが群れていた。そんな光景をよそに、綾はとうきびをかじった。
 ところで、彼女は〈でぶ〉でなくなっていた。高校受験前後まで過食のためふくれた身体が、入学後逆にほそくなっていった。
 極端な拒食に陥ったのは高2の夏だ。心療内科に通った。「あと半月拒食がつづいていたら、もうまともに歩けなくなっていたでしょう」   かかりつけの先生の話である。それが元で、彼女は休み明け一か月以上も学校を休んだ。しかし、現在の綾は、20歳の女の子としては中肉中背だ。
 彼女の半放心状態の視線が周囲に戻ってきた。
 噴水の周りにいた動物は人間だけではない。ペットのトイプードル、パグ犬はさておいて、数で人間に引けをとらなかったのはハト、スズメ、カラスで、とりわけハトが多かった。すぐ近くではそれらが、人類の「おやつ」目当てに十数羽右往左往している。
 綾はところどころ黒くなっている黄色い塔から2、3粒つまんでそちらに投げようとした。
 ひょい、とハトが一羽、右腕に上がってきた。
 (ずうずうしいヤツ)とばかり、彼女は赤い目をした取りを追っぱらおうとする。しかし、(おっと、そりゃないぜ、わざわざこうして来てやったのに)
 高圧電線にふれてしまったかのようにびくっとなる綾。さっき、発表の途中で体験したのより一段と強烈だった。
 「あ、あな、あなた?!」
 (しっ、心で話せ。怪しまれるぞ)
 となりの老夫婦が怪訝そうな表情を作るのを見てとったのだろうか。ハトはすぐさま「念波」を返してきた。
 (オレがこの世界を離れ、あっちで何があったかこれから伝えてやる。アヤには夢を見ているような感覚だろうがな)
posted by はむじの書斎 at 22:06| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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