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2009年11月16日

異界皇子 最終章  復旧

 鋭角的な羽音の重なり。紺碧の空を背に幾数十の“平和の使者たち”が舞う…。
 北の都、大通り公園。やや冷涼だった夏がさらに凛とし、街は秋の衣をまとおうとしている。観光名所であるそこに、旬のトウモロコシを頬張る老若男女たち。彼らは噴水の音を囲むように土曜の午後をすごしていた。

 死者2159、重軽症者2万7千余、火災主体の家屋、建物の全半壊4万700棟…。
 6年前の惨事の顛末を表した数字だ。
 国内はもとより海外からの目を強力に吸引した一大パニックは、今となっては昔話のように思われた。
 それでも事件終息後2年間は復興の鎚音が街中いたるところにひびいていたものだ。“主戦場”となった道庁周辺、大通り公園などは市民道民、ひいては国民の懐を源とする資金によって修復が急がれた。
 綾は専門学校2年生になっていた。
 夏休みが明けて間もないが、その“休み”も、お年寄りの世話に忙殺された。彼女は将来、ホームヘルパーかケースワーカーの道へ進もうとしていた。だから高校卒業後、福祉の専門学校を選んだ。
 「人が人としてあるために……人権フォーラム北海道」
 横長の大きな掲示板のある会議室に、彼女の姿はあった。
 フォーラムは民間福祉団体が主催していて、今年で11回目。回を追うごとに参加者も増え、今回は国内外から2600人近くを集めた。
 綾は学校の講師から「ゲストスピーカーとして君の体験をありのままに話し、いじめ問題の解決にすこしでも役に立ってみないか」と、打診された。その申し出を固辞したかった彼女だったが、結局先生の真剣な眼差しに折れた。
 〈いじめを考える〉分科会に、綾は3人がけのゲストスピーカー席で、100名を越す参加者たちと正対して座っていた。
 すでにゲストひとりがいじめ体験をせつせつと語り終えようとしている。彼は帰国子女で、価値観の違いで周囲から蔑にされたのだそうだ。会場の拍手で綾はわれに返った。
 「〇〇さん、どうもありがとうございました。アメリカという文化風土の異なる場所で多感な時期をすごしてこられ、帰ってきた母国に受けたのはお帰りのあいさつではなく、冷たい仕打ちだったとは……この国がイヤになるのもわかる気がします」
 ピンク色のスーツを着た中年女性司会者が同情的なコメントをつむぐ。
 うなずいたり、目頭を押さえたりなど、聴衆らは各様の反応だ。“ロンゲ”の彼が綾のとなりに帰ってきた。対照的に彼女の胸中は波打っていた。
 (わたしにあの体験をうまく伝えられるのかしら)
 「それでは次の体験談は中江綾さんです。中江さんは中学校時代、ひどいいじめに遭われたそうです。5〜6年前、ちょうどパニック事件のころで、現在中江さんは…」
 会場に女性司会者の声が朗々とひびく。綾は彼女の紹介を裁判の被告になった気分で耳をかたむけていた。
 やや肩をすぼめ、濃紺の上下スーツ、襟首にスカーフの綾は演壇につく。用意してきた原稿をひろげる。しかし、彼女のしゃべったのは無言のメッセージだった。百以上の視線を前に硬直し、慄え、みじめな棄て猫同然になってしまった。30秒…1分…。
 それを見かねた司会者が演壇に脚を運ぼうとする。最前列では彼女にフォーラム参加を勧めた当の講師。彼さえも居ても立ってもいられなくなるほどだった。
 (何だよ、意気地がないなあ。やっぱオレがいねぇとダメなのかあ、アヤはよ)
 唐突に、彼女の脳裡にひびく声。
 綾はうつむいていた顔をあげ、会場の端から端まで“発信源”をさがした。ほぼ全員がぽかんとし、彼女に起きた急激な変化に気が行っている模様だ。それは綾だけに受け取れるメッセージであった。閻浮からのものである。
 「閻浮、どこ? 姿を見せて」と、うっかり声に出しかける綾が次にしたことは司会者を掌で制し、気をとりなおすことだった。そこに彼らしき存在はなかったが。
posted by はむじの書斎 at 17:37| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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