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2009年07月31日

異界皇子 第1章  泣きっ面に…

 まるでぼろ片(きれ)のように、仰向けになっている教師はひとこと口走った。
 「…くそぅ、バスケットのかわりに拳法でもやってりゃよかった」
 しかし、やがて彼はよろよろとではあるが起きあがった。全身のところどころに血の赤と泥の色がこびりついたままで。
 痛かった。とくに右肩に激痛があった。
 「鎖骨をやられたか…」
 夢遊病患者のごとく、うつらうつらと歩いていく。
 「だてにバスケットやってなかったんだぞ。救急車なんて…」
 外科治療が必要なのは確かだが、今は強がりを言っていたかった。それがさらなる不幸を招き寄せるなどとは、つゆほどもわからずに。
 校門の外は幅の広い直線道路であった。夜の10時を回れば、通行人はおろか、車さえまばらになる。そこにさっきから暴走に近いスピードで入ってきた車がいた。
 ボディーは紫、排気量は2000ccクラスである。ウインドには黒いフィルムが張ってある。
 速度80キロ超、そこに横から突然人が飛び出してきたらどうなるか。おまけに路面は非常にスリップしやすい状況だ。
 ドンッ!
 にぶい音がして、サングラスをかけた若い男は泡を食い、ブレーキを踏みこんだ。
 左方向にスピンし、ガードレールをまきぞえにした。
 「オレは、オレ…」サングラスをはずし、ふるえながら車外へ。
 男がひとり、泥まみれになって倒れていた。
 三度、ぐらぐら揺すった。すると、わずかに顔の筋肉が動いた。しかし血まみれだ。若者はぎこちない動作で皮ジャンパーのポケットをさぐった。
 携帯電話・・・あわてて押したので一回しくじったが、彼は119を押した。

 第1章 了  第2章へ
posted by はむじの書斎 at 17:21| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月30日

異界皇子 第1章  襲撃 

  電話が鳴った。
  ひと風呂浴びて、トランクス一丁にバスタオルをひっかけ、髪の毛をごしごしやっている時だった。
 「はい」
 「あ、青山先生ですか。…実は今、学校で大変なことが…」
  聞き慣れない、若い女の声だった。
 「落ち着いて。大変なことって何だ。それに君は誰だ」
 「と、とにかく早く。でないとやつらが…」
  息せき切った声。
 『もしや悪戯では』と疑った。
 「あ、君…。もしもし、もしもし」
  電話は切れてしまった。
  悪戯かも知れない。しかし、真実でないと決めつけることもできない。もし彼女の通報が重大事件に結びつくような性質のものだったら……見すごせない……青山の正義感が頭をもたげた。そして学校は走ればたったの2分だ。
  青山は電光石火で上下のスエット姿になり、ブルゾンを引っかけた。
  校門をくぐり、校舎に近づく。みぞれ混じりの雨が強さを増した。
  守衛室の明かりはついていず、闇の中でただ静まり返っているだけだった。
 「やっぱり冷やかしか。変だとは思ったが…」
  傘を差して振り返り、校門のほうを向いた途端   、
  四人組が立っていた。
  全員男   特にひとりは自分とさして変わらぬほどの背だった。180センチほどある。その若者は毛糸帽をかぶり、鉄パイプを手にかまえていた。
 「青山先生かい」
  どすの利いた低い声。敵意に満ちている。
 「そうだ。だが何の用だ」
  落ち着きはらって言ったつもりだが、内側では警戒心に波風が立った。
 「オレたちの用はなぁ」
  鉄パイプの男が言い終わるかしないうち、仲間のひとりが突進し、傘を放した青山の腰にからみついた。しかし彼はその男を投げ飛ばした。
  第二波攻撃。回し蹴り   それも青山は右手でブロックした。が、背後ががら空きだった。三番目の一撃が後頭部を襲った。鉄パイプの、重い一打が。
  頭の芯と全身がじいんと痺れて、彼は膝からシャーベット状の地面にくずれた。
  青山は総攻撃にさらされた。氷雨と、加害者たちの吐き出す白い息のなかで、十数発の蹴りが全身に炸裂した。
 「やべぇ、これ以上やったらほんとに殺しちまうぜ」
  誰かがあわてふためいているのはわかった。
  体格のいいリーダー格はなおも攻撃に積極的だったが、志半ばにして中止した。
 「ケッ、クソ野郎。命冥加だったな」
  鉄パイプをがらんと放り出した男は、口から粘り気のあるものを血にまみれた教師の顔面にぬりたくった。そして、ざくざくとシャーベットを蹴立て、遠ざかっていく足音がした。
ラベル:命冥加 正義感
posted by はむじの書斎 at 20:25| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月29日

異界皇子 第1章  甘い一夜!?

 「あんな男が幅を利かせるから世の中がどんどん悪くなるんだ」
  心の中で嘆きつつ、29歳の男性教諭は教職員玄関まで出てきた。
  あの年になれば自分のスタイルができている。コペルニクス以前の時代に、「地球は球形で、太陽のまわりを回っています」と教えるようなものだ。「考えを改めよ」と諭しても聞く耳を持たないだろう。
 「青山先生」
  外靴に替えていたら明るい声に呼び止められた。
  振り向くと、屈託のない笑顔があった。
  関口つくし   新人の英語教師であった。彼女は上下桜色のスーツで、生徒から、そして教師たちからも人気があった。彼女は地元の教育大学を出てすぐに鳩の森中に配属された。
 「先生も採点やってましたか」
  青山は、はにかみながら尋いた。
 「ええ。……ところで先生、お時間ありますか。これから」
 「いいですよ」
 「まあうれしいな。先生と一度ごゆっくり話がしたかったんです」
  思いがけない誘いだ。
 「どこにします?」
 「私クルマなんで、ドライブがてら稲山町まで行ってみませんか。あの辺はいろいろな店がありますから。帰り、送ります」
  青山の家は学校から歩きでも5分ぐらいしかかからない。予定はすでに彼女が立てていたのか。

  青山が自宅に戻ったのは、晩の9時ごろであった。
  レストランで、カニ料理主体のシーフードづくしだった。
  独身の青山にとって、関口は申し分のない相手だった。ただ、彼女にその気はなかったが。
  関口はいじめの“対応の仕方”を尋いてきた。彼女は実例を出した。
  鳩の森中の廊下で、先週の休み時間のこと。
 「三対一。定規でお尻をはたかれていたのはひとりの方でした。目は笑ってませんでした。もちろん、はたかれていた彼の方ですけど。『あんたたち、人の迷惑だからふざけすぎないで』って、軽く注意したんです。だけど、今思うとあれはいじめだと思えるんです。三人は、『すんません、先生』ってペコリと頭下げてましたけど…」
 「僕なら『何やってるんだ』なんて言わない。『そんなに仲がいいんなら、お互いの家でやったらいい』ってやる。『いじめじゃありません。ふざけ合ってたんです』って答えられても見抜く方法はあります。はたいていた方の目を見て、後ろめたいものが走ったら“いじめ”だと思う。逆に、はたかれていた彼が済まなそうな顔をしたら、ただのふざけ合いでしょう。まあ、簡単に言えば、経験でわかりますよ。雰囲気をつかむんです」
 「そうですか、参考になりました」と関口は礼を言い、カニの殻から身をはがしはじめた。
 青山はやや落胆した。「彼女も所詮は“時報”同様、学級経営のノウハウを聞きたがっていただけなのか」と。おまけに勘定は全部自分持ちだった。
posted by はむじの書斎 at 21:00| Comment(0) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

異界皇子 第1章  俗物教師

 「いいですねェ、こんな日は」
  もの思いにふけっていた青山は現実に引きもどされた。となりの机から数学教師の奥津が声をかけてきた。
 「……?」
  青山は奥津の、四十前だというのに“バーコード”状態になっている頭にちらと視線をくれた。
 「テスト期間中はこの時間、生徒がいませんでしょ。クラブ活動だってありませんしネ」
 「静かなのがそんなにいいですか」
 「そりゃそうでしょう。面倒なことは起きません。いったん騒ぎだしたら…、あいつら何やらかすかわかりませんから」
  奥津は午後五時をすぎると判で押したように帰宅する。だから彼のあだ名は『時報』だ。それを本人は知らない。
 「…しかし、生徒と肌で接するのが教師の役割でしょう。面倒ごとを避けてばかりいたら、先生、最後に重いツケが回ってくるかもしれない…。そう考えたことはありませんか」
 「それだから青山先生は考えが古い。いいですかァ、これからの教師ってのは生徒とはそこそこ接して、自分の足元を固めて向上していくのが大切なんです。こんな世の中です。うまく泳がなきゃあ、はははっ」
 『時報』の言うとおりだ。彼は来年度の三年生の学年主任候補にあげられている。どういう加減か、教頭から気に入られている。盆暮れのつけ届けでも欠かさずやっているのか。確かに世渡り上手なようだ。大きな自分とのギャップを感じつつ、同時に青山は怒りもコントロールせねばならなかった。
 「そりゃあ僕だって出世したいし、お金も欲しい。しかしですよ、人を不幸にしてまで成りあがっても後味の悪さだけが残ります。そんなことはしたくありません」
 「先生のクラスにいた沢口ね、…あいつには私もほとほと手を焼いていたんですョ。授業中に居眠りする、果ては漫画は読み出すわ、暴力沙汰もあったようですね。沢口の父親がPTA会長だったのがいけませんでしたな。しかし先生はまず、父親を会長の座から引きずりおろされてから、自分の学級から異端児を追放なされた。大した政治的手腕だ。まだお若いのに」
  奥津は本気で青山の、今度の件をほめているのだった。
 「たったひとりの生徒のために大勢を見殺しにできなかったんです。沢口はあの年で、やけに世慣れているところがありました。大勢を引っぱる、影響力のある生徒がいい具合だったら何も問題ありません。放っておいても大丈夫でしょう。それは奥津先生もご存じですね。…しかし逆だったから、今回のような大ナタをふるう必要があったわけです。ですから校長にもお力添えいただいたんですよ」
 「まったく…青山先生は、指導者としてまことにすばらしい資質をお持ちだ。私も爪の垢を煎じていただきたいほどですなァ。腐った株を切り捨てて残りを生かすんですな。参考になりましたよ」
 『時報』は、感じ入った様子だった。
 「あんなことはしたくありませんでした。ほかに方法が見つからなかったからやったにすぎません。それに、何も沢口ひとりが腐っていたわけじゃありません。根っこにあるものを取り除かないかぎり、彼女のような生徒は際限なく出るでしょう」
 西陽が職員室に回ってきた。初冬のそれは奥津と青山の表情を半分ずつ、黄金色に浮き立たせた。
posted by はむじの書斎 at 15:39| Comment(1) | エンタメ・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

異界皇子 第1章  過去の積み重ね

  ところで、青山の趣味は、バスケットボールのほかに博物館・資料館めぐりであった。
  まとまった休みが取りやすいのは教員の特権だ。気の向くまま、どこへでも出かけて行き、その場所にしかない文物や古地図をひもとくのが好きなのだ。
  各地の文物を見て決まって思うことは、
 「日本の大正以前には、なんと人間の温もりがあり、時間がおだやかに流れていたろう」。加えて、人間が本来持つ「力」である。
  東北地方の、とある博物館を訪れた際、青山は衝撃に駆られた。
  米俵7個〜計二百数十キロもの重荷を背にかつぐ若い女性の写真を目のあたりにしたのだ。それは船着き場から倉庫内部までの短い距離を行き来するだけなのだが、これを現在やらせたら……「はい、やります」なんて、賞金がかかってでもないかぎり名乗り出る者はいないだろう。たとえ、体力自慢の男子であっても。
  フォークリフトなんてない時代だ。現代人たちは彼女たち、または彼たちの流した汗の上に生きているのだ・・・そう直感した。
  大量&高速輸送・伝達、マルチメディア、インターネット、携帯電話、果てはカード&キャッシュレス……便利な時代になったものだ。しかしそれは人間がこざかしい知恵でつくりあげた機械の働きによる。思えば妙てけれんな時代だ。
  端末のキーボード操作だけで情報を引き出すことができ、「足」を使う手間は省ける。人と肌で接しなくても、好きなことはそれなりに楽しめる。50年、100年前からすれば、現代は十分すぎるほどSFの世界だ。そのうち、勉強もコンピュータが人間の代役として教師を勤めるだろう。
ラベル:SF
posted by はむじの書斎 at 20:20| Comment(0) | 小説・詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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